昼間の読み物

この春、アマゾンで2372円で買ったプリーツトレンチがちょっと優秀すぎる

地元を出るまで、トレンチコートというものを着たことがなかった。

仙台には、梅の季節がない。
3月はじめの卒業式の想い出はいつも雪で、4月の入学式は桜。めいいっぱい冬なもんだから、うつろいの時期がないのだ。

だから、春先のアウターへの概念はずっと「厚手のコートを着るか/それをもう脱いでもいいか」。

だけど、あの大地震を機に横浜にエスケープした21歳のとき、やっとそれが”寒いところに住む人間による認知”だと知った。
日本で売られる地図の真ん中が日本であるように、わたしたちはいつの間にか主観的な価値観を当たり前そのものだと思い込むようにできている。

おしゃれの種類は世の中にたくさんあるし、日本には四季があるからこそなおのこと面白いのにね。

そんななか、当時いっしょに暮らしていたルームメイトの女の子をながめて知った、トレンチコートの存在。
それは「(寒さから)身をまもる」というよりは「身にまとう」ようで、なんだかおねえさんぽくて、「フゥ〜」と心が鳴った。なのに、どんなに試着を繰り返しても袖を通すたびになんだか背伸びしているようでくすぐったくて、なかなか「これ」という一着に出逢うことは困難に思えた。

婚活をがんばっていた22歳のとき、とある街コンで7歳年上の、だけどとてもかわいらしい男のひとと知り合った。自分の好みを自覚すらしてなかった小娘の頃だけど、でもまあ一言でまとめてしまえば「どタイプ」だったんだろう。(その後、足掛け3年にわたって大恋愛と呼べる海外遠距離片想いをすることになるのだから。)

後日、はじめてのデートの日。しかもそれが街コンのペア同士によるダブルデートでしゃぶしゃぶを食べに行くことになって、いつも着ている服が急にこどもっぽく恥ずかしく思えて困りはててしまった。
結局ちぐはぐな格好で家を出て、落ち着かずに相鉄線のジョイナスをふらふらする。

ふと、マネキンが着ていたベージュのトレンチコートと目があった。襟がドレープになっていて、裾もラウンド型で、すこし変わった服だなと今でも思う。だけどいつものセーターの上に羽織るととたんにこなれて見えて、「なるほど」とうなった。

たしか2万円でおつりがくる値段で、当時フリーターだったわたしには大金も大金。なのに、えいと思い切って出してしまった。

もともと着ていたぶあついコートをしまったどデカい紙袋を持って待ち合わせたのすら恥ずかしすぎて、「〇〇くんが大人だから、大人っぽく見られたくてさっき買っちゃったんだ」と打ち明けたら、「かわいいね」とさらりと言われて、それ以来デートの約束をするたびやっぱり着て行った。

そして、彼への完璧な失恋をしたあともそれをもう6年も着続けてしまった。

春に生まれたからか、そういう季節だからなのか、なんだかこの時期がくるごとに新しいことをはじめたくてそわそわしてしまう。

28歳になるし、新しいコートでも買おうかな。そうWEARをなんとなくながめてみたら、めちゃくちゃガーリーなトレンチコートを見つけてしまった。
後ろがプリーツになっていてうっすら中の色が透けて、淡いライトベージュで、写真のなかのモデルが歩くたびふわんと裾が宙に舞う。

よしと腹をくくってZOZOをポチろうとしたのに、そこに書かれていたのは「予約販売」の文字。

なんてことだろう。堪え性がなく負けず嫌いな性格なので、躍起になってその場でメルカリも楽天もアマゾンも検索しまくった。

そして、なんとアマゾンで2372円という破格の値段で、イメージしてたものに似ているぴったりなそれを見つけてしまったのだ。

あまりにも安すぎるし、と不安になったがレビューの評価もわりと高い。どうやら韓国製らしく、(ここ数年韓国の通販サイトにハマってたのもあって)アリなんじゃないかと思った。

2日後に届いた商品は、生地が薄すぎるとか写真と違いすぎるとか縫製が雑だなんてこともなくて、良い買い物をしたことに思わずにんまりとした。

わたしは人に見られるのがにがてだ。だけどこれなら、なんだかふりむいて笑ってみせたくなる。

丈がうんと長いから、お気に入りのジーパンに重ねてもすっぽり覆ってまとめてくれそう。

あと、袖がきゅっとすぼまってるところも、女らしくてアガるじゃないか。

なんて、いい子なの!

ライターをやってると、なにかと自分の写真が必要になるものなのだけど、これもやっぱり気分を変えたくて後輩のカメラマンに撮影をお願いすることにした。
春だし、新年度だしね。

トレンチコートって、なんだか「記者」ってかんじがしていい。だから、新しいプロフィールにもぴったりだ。最高すぎる。

28歳はこれを着て、どんどん取材にでかけよう。いろんなひとと話して、とにかく書こう。

すてきなコートはきっと、自信を身にまとうお守りなんだと思う。

▶︎ 撮影協力 : 二條 七海
SNS : @ryuseicamera
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さとうひより/ロジエ編集長
さとうひより/ロジエ編集長
「女の子だから」とジェンダー的不平等や性の搾取にけっして遭うことなく、「女の子だから」と自覚的に楽しめる社会をつくる野望を叶えるため、インターネットでの読み物サイト「ロジエ」を立ち上げました。      ▶︎​このライターの記事をもっと読む!