昼間の読み物

銭湯でまんまとひっかかりたい、テンション・リダクション効果

むしゃくしゃしたときや、やりきれないときは、文字通り”水に流す”に限る。

金曜日は通っているスタジオの定休日なので、ヨガの代わりに銭湯へと向かった。
いつもより熱心に身体を流していると、隣に座っていた年配のご婦人からの視線に気付く。

「…?」と微笑みかけてみたら、「あっ、ごめんなさいね。きれいなからだだなぁと思って」と照れたように答えてくれて、「あらまあ」とわたしまで赤くなってしまったのだった。

たいていの場合、銭湯のロッカーは「100円を入れると鍵がかかり、使いおわるとそのコインが返却される」というシステムであるように思う。

すっかり気分を良くしてしまったので、帰りしな、返ってきたその100円に20円を足して牛乳を飲みながら、マッサージチェアに腰かけた。

この日の銭湯への出費は、入浴代の450円にドライヤーの20円、お風呂上がりの牛乳120円に10分間のマッサージチェアで、合計690円。

我ながら、まったくチョロい客である。

人はストレスを感じるためにお金を使う

「良いストレス」という言葉がある。

わたしたちがいちばんに思い浮かぶ「ストレス」が、理不尽な言葉を投げつけられたり、充分な休息がとれないまま朝を迎えたりといった、こころとからだが窮屈に感じてしまうようなマイナスのプレッシャーだとするなら。

未来に向かって刺激しあえる人間関係や、スポーツやライブなどに熱中するときの心地よい疲労感は、人生を豊かにするためのプラスのストレスなのだそうだ。

つまり、わたしの個人的な感覚からすれば、金遣いの荒い人間なんてのは全員Mなのである。

生き物のなかで”お金を使う”行為を行うのは人間しかいない。だから、わたしたちはお金を”得る”ことに喜びを感じ、お金を”手元からなくす”ことに少なからずストレスを感じる。
動物たちの場合で言えば、それは生きていくための食糧を奪われるのに等しい。

だから男性のオスは自分の生物としての価値を示すために”奢る”し、人間のメスはそれに魅力を感じるようにできている。

大好きなアイドルの握手券を買うのも、新しい家電を次々と揃えるのも、あれこれと化粧品に手を出すのも、それにともなうストレスを感じるため。

その刺激こそが、わたしたちが人間として生きているための実感を感じられる行為なのだ。

テンション(緊張)がリダクション(減少)すると、お金を使うときのストレスが消える

銭湯の話に戻ろう。

最初に受付で入浴料を支払い、ロッカーに荷物を預けるために小銭入れからコインを取り出す。
「しまうのもめんどくさいな」と、ロッカーから返ってきた100円で牛乳を飲んで帰ることにする。
微妙に足りないのでやっぱりお財布を取り出して、20円を追加する。
まだ小銭があったので、「マッサージチェアにでも座って飲むか〜」とさらに100円を入れる。

こういった、気分がゆるんだときに「ついで買い」をしてしまう心理を、マーケティング用語で「テンション・リダクション効果」と言うのだそうだ。

この「テンション」は、お金を使うという行為に対する緊張のこと。そして、「リダクション」とは、それを軽減する状態のこと。

たとえば、セールの洋服を見に行ったのに、結局春物の新作も買ってしまった…というようなことはないだろうか。

「セールで安くなってるから掘り出しモノを見つけるぞ!」とすっかり財布の紐がゆるんでいる顧客に対して、「お客様ならこちらもお似合いですよ」と誘導したり、最高にかわいい春の新作をマネキンに着せておいたりしてちゃっかり買わせてしまう手法はまさにこれに当てはまると言えるだろう。

メルカリがユーザー数を伸ばしていったのは、ユーザーに対するポイント付与のバランスが絶妙だったからだと言われている。

実際、「登録してくれたから300ポイントあげるね!」とか、「もうすぐ期限切れになっちゃうけどいいの?使わなくていいの?」という通知に惑わされて、特にほしくもないピアスをとりあえず買ってみたことがあった。

「3日後までに出品してみるとさらにポイントあげるけど?」と言うので、適当に服をアップしてみたらそれが売れて、そのポイントで今度は他の服を買った。

メルカリはポイントを貯めさせて、それを使わせることで、わたしたちに「お金を使っている」という実感をうっかり忘れさせているのだ。

あなたの「隙」につけいりたい

つまり、新しいサービスを生み出したり提供したりする側の人間が考えなきゃいけないのは「どうしたら買ってくれるのか」じゃなくて「いかにユーザーにお金を使わせないでその分の価値を回収するのか」ってことなんじゃないだろうか。

そして、お金を使うときに発生するそれを、どうすれば「良いストレス」として与えられるのかってことなんじゃないだろうか。

わたしは、aikoさんのライブに行っているときの自分がいちばんすきだし、人生の最上級の楽しみだと思っている。
CDは絶対フラゲするし、チケット代もまあまあするし、ライブ前は遊びの誘いも断ってグッズ代にまわす。

わたしが働いて得たお金がめぐりめぐってaikoさんのご飯になって、また歌を歌い続けてもらえるなんて、超気持ちいい。

だから、わたしだって、いつだって、パーフェクトにすてきなものばかり届けていきたい。そのために、ずっと勉強し続けたいし、腕を磨きたい。

文章を読むことに対して「お金がかかる」のがハードルになるのなら、良いものを書かせてくれるクライアントをもっと見つけるし、広告収入さんになんとかしてもらう。

本棚から本を取り出して読むことも少なくなって、インターネットで無料で文章を読むのすらもめんどくさいようなこの時代にここまで読んでくれたなら、「ついで読み」してもらえるように他の記事もそっと添えておく。

「お金を払ってよかった」と思える刺激を感じてもらうために、もっともっといいサービスを届けたい。

それがわたしのテンション・リダクションだし、今週のコソク論なのであった。

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さとうひより/ロジエ編集長
さとうひより/ロジエ編集長
「女の子だから」とジェンダー的不平等や性の搾取にけっして遭うことなく、「女の子だから」と自覚的に楽しめる社会をつくる野望を叶えるため、インターネットでの読み物サイト「ロジエ」を立ち上げました。      ▶︎​このライターの記事をもっと読む!